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「子どもの自立」という言葉が私を変えたー医ケア児ママが越えた「18歳の壁」と今の暮らし【先輩ママインタビュー】

「子どもの自立」という言葉が私を変えたー医ケア児ママが越えた「18歳の壁」と今の暮らし【先輩ママインタビュー】
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高校卒業とともに訪れる「18歳の壁」。

18歳の壁とは、障がいのある子どもが18歳になると支援が薄くなり、帰宅が早くなるなどの負担が増えてしまう問題です。

問題について聞いたことはあっても、実際どんな生活になるのかを知っている人は少ないのではないでしょうか。

そこでファミケアでは「18歳の壁」を経験したママに話を聞くことにしました。

今回お話を聞いたのは26歳の医療的ケア児の息子、幸ちゃんを育てる仙台市在住のママ、くーちゃんです。

子どもの情報

・名前:幸ちゃん(26歳、男性)

・状態:出生時に重症新生児仮死、寝たきり、身体障害者手帳1級、療育手帳A

・医療的ケア:痰の吸引、経管栄養(胃ろう)、気管切開、体調不良時のみ酸素投与

目次

福祉サービス利用で就労を実現

カフェの店の前でベージュのエプロンを付けた女性の店員が2人並んでいる様子

ーまず、お子さんが今、どんな生活をされているのか教えてください

平日は週3回、10:00-15:00は生活介護事業所に通っています。生活介護に行く前1時間と、帰ってきてから30分は、身の回りのお世話のために居宅介護(ヘルパー)を利用しています。

あと週1、2回は日帰り短期入所を利用しています。それ以外の日は自宅にいます。

その他、毎週土曜日に訪問入浴を利用しています。自宅にいる平日も訪問入浴を利用することが多いです。

ーさまざまなサービスを利用されているのですね。お母さんは今働いていますか?

実は最近働き始めたんです。子どもが在学中は働くのが難しくて。でも働きたいな、とずっと思っていました。そんなとき、今お世話になっている事業所がカフェを作って、働きたい医ケア児ママの採用募集を始めたんです。そこで「働きませんか?」と声をかけてもらったのがきっかけです。事業所は仙台市にある「あいの実」です。

ーあいの実さんは、ニュースで見たことがあります!とても有名ですよね。

そうなんです。そのカフェは「医療的ケア児の母が働くカフェ」として、オープン当初は多くの取材を受けました。働く人はみんな医療的ケア児のお母さんたちなので、ものすごく理解があり、子どもの体調不良や通院による早退やおやすみもしやすい環境です。本当に恵まれたお仕事に出会えたと思っています。

支援学校高等部卒業後一番の苦労は病院の移行

家の前で、障がい児用バギーに乗っている男性の後ろに、眼鏡をかけて微笑んでいる女性が寄り添っている様子

ー支援学校の高等部卒業後の生活を準備するにあたって苦労したことはどんなことですか?

我が家の場合は、生活面というよりも医療に苦労しましたね。うちはこども病院がかかりつけだったので、18歳以降、別の病院を探さなければいけなくて。それを見つけるのが大変でした。

中学生くらいから、先輩ママたちに「18歳以降はこども病院とは別にかかりつけを見つけないといけない」「次の病院が見つからない」という話をずっと聞いていたんです。医療的ケアのある重心の成人を診てくれる病院や先生がなかなかいない、と。これが一番の不安でした。

実際、病院が見つからなくて。今でもかろうじて神経科だけはこども病院につなぎとめてもらっています。整形外科、耳鼻科、皮膚科、歯科はこども病院に行けなくなったので、自分で探したり、紹介してもらったりして見つけました。

いつかはこども病院を完全に卒業しないといけないことや体調が悪くなった時の入院先がまだ確定していないことなど、不安は残っています。

ーそうなんですね…日中の事業所や居宅介護事業所はスムーズに見つかったのですか?

そこはスムーズだったので、幸運でした。中学3年生のときから通っていた放課後等デイサービスの事業所が、生活介護を新設したので、そこを利用し始めました。日帰り短期入所もあるので、合わせて利用しています。

居宅介護も同じ事業所で契約しているので、連携がバッチリなんです。私がカフェで働いて帰ってくると、玄関前でヘルパーさんが待っていてくれる。そんな素晴らしい体制ができあがっています。

ーそれは心強いですね。そういったサービスの手配は自分でされたのですか?

いえ、すべて相談支援専門員さんにお願いしました。相談員さんは中学3年生で放課後等デイサービスに通い始めた時から契約しています。

相談員さんの存在は、本当に助けになります。「こういうことで困っているからどうしたらよいか」といえば対応方法を考えてくれて、役所と交渉したり事業所を探したりしてくれます。

家族や子どもの状況を全て把握した上で、親身になって考えてくれる方に出会えてありがたいです。

今は自分の時間が持てるように

白い大型車両の後方からスロープを出して、障がい者用バギーに乗った子どもを車に載せている母親

ー相談員さんの存在が今の生活を支えているんですね。支援学校を卒業して、変わったことは何ですか?

多くのご家庭は、18歳になり生活介護に通うようになると支援を受ける時間が短くなり大変になるのですが、我が家の場合は逆でした。

在学中は小学部から高等部までずっと訪問教育だったので、先生が家にきて午前中2時間、週3回授業を受けていました。スクーリングで支援学校に行くこともありましたが、看護師さんとの契約の関係で、私も教室の後ろで付き添いが必要でした。

それが高等部を卒業して生活介護に通うようになって、自分の時間ができたんです。「自由に歯医者や美容院に行ける」という、当たり前の日常がものすごく嬉しかったです。それまでは、少し外出するにも夫に留守番を頼んで「どこ行くの?何時に帰るの?」と聞かれるのが苦痛だったので(笑)。

ー当たり前の日常のありがたさが身にしみそうです。その他に変わったことはありますか?

居宅介護の利用を増やしました。以前は週1回でしたが、今は毎日朝夕利用しています。

成人になったからには「家族が面倒をみる」ことを前提にせず「本人が自立して生きていく」ということを目指そうと思ったのが大きな理由です。

ー「本人が自立して生きていくことを目指す」とは素敵な考えですね。

ありがとうございます。これ、実は子どもが18歳になるときに相談員さんに言われたことなんです。

「お母さんがケアできないからヘルパーを頼むのではないんですよ。幸ちゃんはもう大人なんです。大人がお母さんに身の回りの世話を全部やってもらって会社に行くわけないですよね。ヘルパーさんに身支度を手伝ってもらって出勤する、それが彼の自立なんです」

目から鱗、というのはこのことだな、と思うほどはっとしました。

この言葉を聞いてから、私の意識がガラッと変わりました。「できないところを手伝ってもらう」ではなく「彼の自立した生活のためのサービス」なんだと。そういわれてから、今ではヘルパーさんにケアをかなり任せています。

ーそれはインパクトが大きい言葉です。サービスの利用は本人の自立のためなんですね。

そうなんです。親が自分でできるからと、大きくなるまでサービスを使わない方もいます。でもある日突然、親の体調不良などでサービスが必要になると、お母さんが人疲れしちゃうと思うんです。なので、早くから人が家にくる生活になれていた方がよいと思います。

我が家では、訪問系のサービスは支援学校を卒業する前から居宅介護の他、訪問入浴、訪問看護、訪問リハビリ、訪問診療、訪問薬局を利用しています。

居宅介護だけは赤ちゃんの時からずっと使っていますが、それ以外は小学部くらいから徐々に増やしていき、人が家にくるのに少しずつ慣れていきました。

ー早くから将来のことを意識して、環境を整えて今に至っているんですね。今後のことで何か考えていることはありますか?

そうですね、ヘルパーさんと定期的にお留守番ができるようになるといいなぁ、とは思っています。

東京だと看護師さんなどが自宅で一定時間、親の代わりに医療的ケアや見守りを行う「在宅レスパイト」の制度があると聞きました。仙台にもありますが、今は限られた人しか使えません。

「ちょっと数時間、誰かに留守番を頼んで用事を済ませたい」というときに、ヘルパーさんとまとまった時間お留守番ができるようになると、もっと助かるなって。ヘルパーさんとも共有して、その目標を意識した関わりをしてもらっています。

サービスの利用は本人の自立した生活のため

家の中で、電動ベッドの上に横たわる男性と、その両親の家族写真。母親は男性の手を握っており、母親の隣には父親が寄り添っている。

ーこれから「18歳の壁」を迎える親御さんに向けて、伝えたいことはありますか?

先ほどお伝えしたように、サービスの利用は本人の自立のためであること。これは大切な視点です。今では私もできないことを補うのではなく、本人の自立を支えるために安心してヘルパーさんにケアを任せています。

あとは、困りごとはいろんな人に言い続けることが大切です。

成人後のショートステイの受け入れ先がなくて困っていたときに「ショートステイどうしよう」と言い続けていたら、「うちの病院にくる?」と声をかけてくれた先生がいて。病院としては重心の受け入れ例がない中で、先生の個人的な繋がりで開拓することができました。

言葉に出していると、誰かがその声を拾ってくれます。だから、諦めずに周囲に発信し続けてほしいと思います。

ー困っていることは声をだして言うことはとても大切ですね。

子どもが小さいときは夢中で、この子を死なせてはいけないと、はりつめた気持ちでした。いま振り返ると、子育てを頑張っていたな、と自分をほめてあげられます。

今は、いろんな人に支えてもらって、お仕事もさせてもらっている。さまざまな年代の医ケア児のお母さんたちとも共通の話題があり、人間関係も広がりました。今、とても幸せです。

18歳の壁には今から備えられる

カフェの店内で、ベージュのエプロンを付けた店員の女性二人が並んで立っている様子

くーちゃんの経験から見えてくるのは、頼れる相談支援専門員とつながること、早いうちから訪問系のサービスを少しずつ取り入れていくことが、18歳以降の暮らしの備えになるということです。

そして何より印象的だったのは「サービスの利用は、親ができないからではなく、本人の自立した生活のため」という言葉でした。周囲の力を借りながら、その子らしい暮らしを作っていく。それが子どもの自立した生活につながります。

今のうちから信頼できる相談員を見つける、訪問系のサービスを利用して人が家にくる生活に慣れることなどを検討することで、将来への不安が少しやわらぐかもしれません。

くーちゃんは仙台市との協働事業、医ケア児・重心児のファミリーサポート「ほのぴあ」のYoutubeやInstagramで発信されています。ぜひ覗いてみてください。

ほのぴあWebサイト

https://honopeer.ainomi.com



ファミケアの掲載記事およびコラムに関しては、当事者および専門家によって作成しておりますが、全ての方に当てはまる情報ではございません。投稿された情報の利用により生じた損害について、ファミケア運営元では責任を負いかねますので、あくまでもご家庭での判断のもと参考情報としてご利用ください。また、特定の施設や商品、サービスの利用を推奨するものではありません。

「子どもの自立」という言葉が私を変えたー医ケア児ママが越えた「18歳の壁」と今の暮らし【先輩ママインタビュー】

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この記事を書いた人

2018年生まれの長女は希少遺伝子疾患あり、てんかんもちの重度心身障がい児です。2015年生まれの長男、2020年生まれの次女、夫の5人家族。薬剤師として働きながら、Webライターとしても活動しています。

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