「鎖肛」とは、お腹の中にいる頃に赤ちゃんに生じる何らかのトラブルが原因となり、お尻の穴(肛門)がうまく形成されない病気です。多くの場合、出生後に判明します。
数千人に一人の割合で発生するとされる鎖肛。こちらの記事では「鎖肛ってどんな病気?」「どんな経過をたどるの?」と疑問を持つ方に向け、鎖肛の娘を育てている筆者が鎖肛の概要や治療法、予後についてを実体験を交えながらまとめました。
医師 おkら先生
呼吸器専門医、がん薬物療法専門医、総合内科専門医。嚥下機能評価研修会修了、医療型児童発達支援/放課後等デイサービスの嘱託医。仕事大好き、2児の母。長男がダウン症、気管切開をしている医療的ケア児。障害児を育てる環境が優しくなって欲しい。その為に自分に何か出来る事はないかと日々考えています。
X:@oke_et_al,ブログ:じょいく児。
鎖肛とはどんな病気?
鎖肛は別名を直腸肛門奇形といい、肛門がうまく形成されず、排便に困難が生じる先天性の疾患です。
胎児の頃に直腸や肛門、性器などが形成される過程がうまく進まなかったことが原因で起こります。遺伝性の有無など明確な要因はまだ分かっていませんが、手術で根治治療が可能です。
鎖肛にはさまざまな分類タイプがあります。
お尻の穴が完全に閉じている、小さな穴(瘻孔:ろうこう)だけがある、肛門の場所がずれている、また体内で、直腸が本来つながるべきではない場所と交わっているなど、外から見るだけでは分からないタイプもあります。
お尻の穴が完全にふさがっているケースであれば、見た目で判断できるので早期発見が可能です。一方で、一見すると鎖肛と分からない場合には、症状が出てはじめて鎖肛だと判明することもあります。
筆者の娘は完全にお尻の穴が閉じていました。妊婦健診で受けるエコー検査の際には何の指摘も受けていなかったため、出産後、初めて鎖肛の可能性を伝えられたときはとても驚きました。
鎖肛の症状
鎖肛が疑われる症状には主に以下のものがあげられます。
- 便が出ない
- お腹がパンパンにふくれる
- 嘔吐
- 尿に便が混じる
鎖肛の発生頻度
鎖肛は、おおよそ3,000~5,000人に一人の割合で発生するとされ、出生後まもなく診断されることがほとんどです。胎児エコーではわからないことが多くなっています。
鎖肛3つの分類タイプ
鎖肛には大きく分けて3つのタイプがあります。本来であれば肛門につながっているはずの直腸の端が、直腸を取り巻いている排便をコントロールする肛門括約筋より上にあるか、下にあるかによって病型が分かれます。
病型によって、治療法や予後も変わるため、鎖肛が疑われる場合、より正確な診断をするためにレントゲン撮影や造影剤を使ったものなど、いくつかの検査が行われます。
低位鎖肛
直腸の末端が、肛門括約筋の位置を超えて肛門部皮膚のごく近くまで届いているケースです。予後は比較的スムーズに排便コントロールできると言われています。
中間位鎖肛
直腸の末端が、肛門括約筋の途中あたりまで下りているケースです。
娘はこの病型に該当しました。本来、お尻の穴があるべきところは完全に皮膚で覆われていて、お尻の穴に体温計を入れて体温を測る「直腸検温」ができませんでした。
高位鎖肛
直腸の末端が、肛門括約筋より上の位置にあるケースです。
一般的に中間位・高位鎖肛では、低位鎖肛と比較すると便秘や便失禁などの排便障害が残る可能性が高いです。ただ、排便トレーニングを行うことで、問題なく日常生活を送れるだけの排便機能が得られるケースも多いです。
鎖肛の手術
鎖肛は手術をすることで根治治療(※)が可能です。手術の後も排便機能をコントロールするためのサポートが必要ですが、大人になるにつれて排便機能は改善していくケースが多いようです。
※=本来の位置にお尻の穴を開け、そこから自力排泄できるようになること。
ここからは具体的な治療法について、病型ごとに解説していきます。
低位の場合
直腸の位置が本来の肛門の位置の近くにまで届いていることから、人工肛門を造設することなく、鎖肛根治術1回だけで肛門形成が可能なケースが多いです。生後すぐに手術が行われます。
中間位から高位の場合
中間位や高位鎖肛の赤ちゃんは1歳前後までの間に合計3回の手術を受けるのが一般的です。
筆者の娘も中間位のタイプだったため、3回の手術を経て根治しました。
1.人工肛門(ストーマ)造設手術
排せつ物の出口である人工肛門(ストーマ)を腹部に造設する手術です。ストーマでは排便をコントロールできません。したがってストーマができたあとは、自然と流れ出てくる便をキャッチする「ストーマ装具」を腹部につける必要があります。
便の出口がなければミルクを飲むこともできないため、なるべく早い段階で手術する必要があります。筆者の娘の場合、生まれた翌日にストーマ造設手術を受けました。個人差もありますが、手術時間は2時間ほど、入院期間は術後の経過次第ですが、10日~2週間程度です。
▼ストーマについてはこちらの記事でも詳しく解説しています
2.鎖肛根治術
1回目の手術の後、お尻まわりの筋肉などが発達するのを待って、本来の位置に肛門をつくる鎖肛根治術を受けます。
時期は個人差がありますが、体重がおおよそ6~7㎏を超える頃に行われることが多いです。この手術の後も、まだ人工肛門はついたままです。新しい肛門と人工肛門の両方がある状態になります。
こちらの手術も手術時間は2時間ほど、入院期間もストーマ造設手術と同じく10日~2週間程度です。
筆者の娘は手術の時期が遅く、生後10ヶ月頃でした。お尻の穴ができたら、すぐに新しい肛門から便が出てくるものだと思っていましたが、新しく肛門ができてからも、便はほぼストーマから出てきて、お尻の穴から出てくることはほとんどありませんでした。まれにおむつに便がついたときは、嬉しくて思わず写真を撮ったほどです。
3.ストーマ閉鎖術
最後の手術です。お世話になった人工肛門を閉じる手術を1歳前後で受けます。これ以降、便の出口は自分の肛門のみになります。その後は排便コントロールのための訓練をしていきます。
娘は2回目の根治術の時期が少し遅かったため、1歳2ヶ月頃に閉鎖術を受けました。最後の手術もほかの2回と同様、所要時間は約2時間。術後の状態がよく、10日ほどで退院できました。手術当日は不安でいっぱい、緊張もとまりませんでしたが、娘はいずれの手術も無事に乗り越え、部屋に戻ってきてくれました。心細い気持ちはきっとおさえることはできませんが、医療スタッフのみなさん、そしてなにより我が子の生命力を信じ、手術の時間はできるだけゆったりとした気持ちで過ごしてみてくださいね。
手術後の生活
鎖肛の治療では複数回の手術が必要です。ここからは、それぞれの手術の後にどのようなケアが必要なのかをご紹介します。
1.人工肛門(ストーマ)造設手術後
ストーマ造設手術後に必要なケアは、ストーマの観察とストーマから排せつされる便の処理、ストーマ装具の交換です。
ストーマ装具とは、自然排出される便をキャッチするための袋状の装具で、皮膚に張り付けて使用します。ストーマの使用中は、ストーマの観察では主に、粘膜やストーマ装具を貼り付けている皮膚の状態観察しますを確認します。
自然排出される便をキャッチするためのストーマ装具は、しっかりと装着できれば、一度の交換で2~3日もちます。ただし、個人差がある上、慣れないうちは交換してもすぐに便がもれてくることがしばしば。そのため、数時間で交換が必要になってしまうケースもあります。
ストーマ装具交換の間、娘がじっとしてくれていることはなく、夫や家族に娘の足や身体をおさえてもらい、なんとか交換していました。慣れてくると自分の両足を使って娘の身体を固定できるようになり、一人でも交換が可能に。
そうして必死につけたストーマ装具でも、数時間後に便がもれているのを見つけると何とも言えない気持ちになりました。
2.鎖肛根治術を行い、肛門ができた後
鎖肛根治術後も人工肛門から排便があります。便の出口がストーマと肛門、2つある状態のため、引き続きストーマ装具を装着しケアを続けます。それにくわえ必要になるのが「肛門ブジー」という処置です。肛門ブジ―とは、専門の器具や保護者の指をお尻の穴に入れ、穴を柔らかく保ち、広げるためのものです。
新しくできた肛門は、放っておくと狭くなったり硬くなったりするため、術後2週間頃から肛門ブジ―を行います。
初めは細い小指からはじめ、最終的には人指し指を使って穴を広げます。
筆者は初めおそるおそる指を入れていましたがしばらくすると慣れ、娘にどれだけ泣かれても素早くブジ―ができるようになりました。
初めの頃は毎日行いますが、2日に1回、1週間に2回と少しずつその頻度は少なくなり、術後半年頃にはブジー完了となることが多いようです。
3. ストーマ閉鎖術後の排便コントロール
ストーマ閉鎖術を行い人工肛門が閉鎖されたなくなった後は、いよいよ自分自身の肛門のみを使って排便するためのトレーニングが始まります。排便コントロール開始後の経過は子どもによってさまざまで、便秘になったり、逆にもれやすくなったりなど、課題が生まれることも多いです。
ストーマ閉鎖術から2年経ちますが、筆者の娘は今も便秘がちです。便の状態は悪くありませんが、かなりの力で力んでも、一度にすべてを出し切ることができません。そのため、便の状態をやわらかくするため服薬をしたり、坐薬を使って排便のきっかけを作ったりしてコントロールしています。
また、便がもれやすくなる子は、肛門括約筋などを鍛える機能訓練を行うとともに、一度の排便でスムーズに便を出し切るよう、浣腸を行います。
鎖肛手術後の適切なケアとサポートで通常の生活も送れる
たいへんな出産を終えてすぐ、我が子に病気があるとわかると親の心は大きな不安に襲われます。
筆者も鎖肛を告げられたときは、思わず「お尻の穴がないなんてことがあるのか…」と驚き、子どもの将来を思ってとても不安になりました。
でも、鎖肛は手術で根治可能な病気です。手術をしたあとも、長期的な排便コントロールが必要ですが、医療技術の向上や機能訓練、そして何より子ども自身の成長にともなって排便の機能は改善し、日常生活も大きな問題なく送れるケースが多いようです。
手術後も便秘が続く娘ですが、服薬と坐薬のおかげで、時間はかかりますが排便は問題なくできています。間もなく始まる集団生活にも、とくに支障はないと担当医や幼稚園の先生から言われました。
手術が終わった後も長期的なフォローが必要な鎖肛。
焦ったり、人と比べすぎたりせず、目の前の子どもの成長を見守りながら、ケアを続けていけたらいいですね!
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