重症心身障害児や医療的ケア児の親御さんの中には、「どこに住むか」に悩んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
病院や学校、障がい児者支援施設、そして支援制度の有無などにより、自治体や住む場所によって「暮らしやすさ」が左右されることもあります。子どものためにと引っ越しをされる方もいらっしゃるほどです。
実は筆者もそうした理由から「どこに住むか」で悩んだ一人。いろいろと考えた末に仙台市に住むということを決めましたが、それでも漠然とした将来の不安は消えません。
しかし、仙台市に事業を展開している「SWC(社会福祉法人)あいの実」に先日取材に行き、「こんな法人があるなら仙台に住む重心児・医ケア児の家族として希望が持てるかも!」と思い始めました。重症心身障害児者や医療的ケア児者が抱える問題から目を逸らさず、解決策を追求してくれているからです。
今回の記事では、「疾患や障がいのある子どもと家族を思いを持って支援する人々」をテーマに「あいの実がどんな風に解決策を追求しているのか」「筆者がなぜ『あいの実があるから希望が持てる』と思ったのか」を具体的にお伝えします!
\取材に応じてくれた方/
あいの実専務理事 久保 潤一郎さん
1973年生まれ、千葉県出身。30代でボランティアに関心を持ち以降14年間タイ国に移住。タイの聾啞者支援に力を入れる。タイ語、タイ手話、イサーン語、ラオス語などが話せる変わり種。2019年帰国。2011年よりあいの実に勤務。タイからリモートワークをしながらあいの実の運営に携わる。2020年よりあいの実専務理事。現一般社団法人全国重症児者デイサービス・ネットワーク事務局長。
あいの実仙台あばいんプロジェクト 阿部 美穂さん
宮城県出身。2018年よりあいの実で訪問介護・通所(生活介護、児童発達、放課後デイ)に介護福祉士として勤務。2022年ファンドレイジングの学びを機に、医ケア児ファミリーの生きがい創りへの思いが急上昇、仙台あばいんプロジェクト発足に関わる。現在は戦略企画室で広報を担当。来春OPENの医ケア児ママの働くカフェをワクワクしながら準備中。
※本記事内で太字表記になっている質問者は全て筆者です。
「人からしてほしいと思うことを、人にもする」の理念で事業展開してきたあいの実
ーーあいの実さんは、訪問介護や児童発達支援・放課後等デイサービス・生活介護といった通所サービス、医療型ショートステイなど複数の事業を展開しているんですね。医療的ケア児者や重症心身障害児者にとって、未就学期から成人した後まで居場所づくりをしてくれているように感じます。こういったそれぞれのサービスはどういう風に生まれているんですか?
久保さん:提供しているサービスのほとんどが、「こういうことに困っている」「こんなサービスが欲しい」という利用者の声から生まれています!
あいの実の理念は「人からしてほしいと思うことを、人にもする」なので、実現が難しいと思うようなことにも、利用者の要望があれば挑戦していっています。児童発達支援や放課後等デイサービスで提供している、入浴サービスもその一つですね。
あいの実の1年間の入浴サービスの提供は5,706件!
久保さん:あいの実の事業は最初、訪問介護からスタートしているんですが、そこで出会った医療的ケア児の親御さんに「お風呂が大変!入浴サービス作って!」と言われたんです。それで始まったのが入浴サービス付き放課後等デイサービスです。通称「銭湯プロジェクト」!
ーー銭湯ですか!
久保さん:はい、銭湯です!訪問介護で訪ねたご家庭には、お風呂についての悩みがとても多かったんです。それをどうにか解決したいと考えているときに、放課後等デイサービス(以下「放デイ」)という仕組みができました。そこで、「放デイに通所している時間にお風呂入れるようにすればいいんじゃない?」ということになり、自己資金710万円を投じて入浴設備を作りました。それが「銭湯プロジェクト」です。今では児童発達支援や生活介護でも入浴サービスを行っていて、2022年度の入浴サービス実施件数は5,706件に上ります。日本にある重心児向け施設の中でもかなりの件数をやってる自信がありますね。
ーーその件数分、医療的ケア児者や重症心身障害児者のご家族に時間をプレゼントしてるんですね!素敵です。
▼入浴施設の写真あり!あいの実運営の施設「クランベリー」の紹介記事はこちら
医ケア児重心児だってお泊まりしたい!短期入所ストロベリー開所
ーーあいの実では今年から「ストロベリー」という短期入所(ショートステイ)が始まりましたよね?これも利用者の声から生まれたんですか?
久保さん:そうです。医ケア児の親御さんからの「泊まれるところがない!」っていう声から構想が始まりました。
久保さん:この施設を作るときに意識したのは、あんまり福祉施設っぽさを出さず、子どもの「宿泊施設」としての居心地の良さを重視したデザインにすることでした。「そこに行ける子がうらやましい」と思ってもらえるような建物を作りたくて、理事長と設計士さんと、話し合いを重ねて。「病室っぽくしたくないよね」「子どもの頃のお泊まりって、なんかワクワクしたよね!そういう感じにしたい!」と意見を出し合い、最後には、早くみんなを泊めてあげたいなー、ぼくも泊まりたいなー、と思うデザインになりました。
ーー確かに、私も泊まりたいくらい素敵な建物です!ショートステイができる施設が増えるだけでも家族としてはありがたいのに、居心地の良さまで追求してくれるのは本当に嬉しい。子どもを預けることに罪悪感を覚えることもあるけど、ここならそれも緩和されますね。
2023年からはさらに医療的ケア児家族の「生きがい作り」に取り組む「仙台あばいんプロジェクト」がスタート!
このように、「人からしてほしいと思うことを、人にもする」を事業の提供という形で常に実現してきたあいの実。さらに今後は「仙台あばいんプロジェクト」と題し、「制度だけでは解決できない」課題にも向き合います。
阿部さん:「あばいん」というのは仙台の方言で「一緒に行こう」という意味です。これまであいの実では、医療的ケア児や重症心身障害児の居場所づくりに、国の制度を使って取り組んできました。でもそれでは、家族の「生きやすさ」までは手が届いていないということを感じています。そこで、プロジェクトを作り、国の制度では解決できない医療的ケア児者家族の「生きがい」「生きやすさ」に向き合っていくことにしました!
ーー例えばどんなことですか?
阿部さん:今年度は大きく二つの企画があって、「デイキャンプの実施」と「医ケア児ママの働くカフェオープン」です。
デイキャンプでは「あいの実にしかできないお節介」を
2023年10月、短期入所施設「あいの実ストロベリー」の利用者と家族を対象に、初めてデイキャンプが開催されました。参加者全員でBBQを行った後は、医療的ケア児の親と、きょうだい児、医療的ケア児本人が別れて活動。医療的ケア児の親たちは「家族未来会議」というワークショップに参加しました。
久保さん:家族未来会議の目的は、「ゆるやかな共依存の解消」です。医療的ケア児や重症心身障害児のいる親御さんはどうしても、子どもを中心に未来を考えがちです。なので、親御さん自身を主語にして、未来をどうするか、というのを考える機会にしてもらいたかったんです。
具体的に何をしたかというと、まず、親御さんご自身の未来に関するいくつかの質問をさせてもらいました。例えば、「未来の自分はどうなっていたいですか?」「その未来に足りないものは何ですか?」などです。親御さんには質問についての答えを考えてもらった上、出た答えを発表してもらったり、参加者のみなさんで話し合ったりしてもらったりしました。
大きなお節介だとはわかっているんですが、ご自身の未来を考えていただいた時に、「それを叶えるためにご自身だけでは解決できないことで、あいの実がお手伝いできることは?」という質問も入れて、一緒に考えるよ、という意味も込めて、やりました。不安でしたが、予想以上にお話が盛り上がっていたので、やってよかったです。
ーーー未来のことって、考えたくても、親にとっては不安も多かったり、目の前の生活で精一杯でそんな余裕もなかったりしますからね。
医ケア児ママの働くカフェは「医ケア児ママが企業で働くことへの足がかり」
あばいんプロジェクトで予定されているもう一つ企画が、「医ケア児ママの働くカフェ」です。
医ケア児ママが働く場の提供、という意図かと思いましたが、詳しく聞いてみると想像を超える取り組みでした。
阿部さん:医ケア児ママの働く場所を作りたい、というのももちろんあるんですが、目指すゴールは実はもっと先にあります。医ケア児ママたちが働く際の障壁は、預け先がないということもありますが、「急に休むんじゃないか?」など企業側が不安になり雇用の機会が減ってしまうということもあるんじゃないかと思っているんです。
そこでまずあいの実が医ケア児のママを雇って、急な休みがどのくらいあるのかなど、企業が雇用を敬遠するような事象がどの頻度で起こるのか、というデータを取りたいと思っています。そのデータを企業に提示することで、「雇いにくい」という障壁を取り除ける可能性がないかなって。働くって、生きがいでもあるので、それができる場を増やしていきたいんです。
ーーー働くための場所づくりだけじゃなく、他企業への展開まで見据えたカフェオープンなんですね…!(感動)
阿部さん:はい!カフェ自体も普通のカフェと違って、きっと想像を超えるようなカフェだと思いますよ…!詳しくはオープンしてからのお楽しみです。
「想像を超えるものを作っていきたい」あいの実の存在が希望になる
制度を使って医療的ケア児者・重症心身障害児者に対し支援事業を行い「居場所づくり」をすることに加え、制度では対応できない医療的ケア児者・重症心身障害児者の家族の生きやすさにまで焦点を当て、改善していこうとするあいの実。今現在も、グループホームの構想がスタートしているなど、利用者の「ほしい」の声から生まれた事業に挑戦しようとされています。
私は取材してみて、今は「なくて不安」というサービスでも、「あいの実にならある」という未来ができるんじゃないか、と、いち医療的ケア児の親として希望を持ちました。
「人からしてほしいと思うことを人にもする」
取材中、久保さんの口からは何度もこの言葉が出てきました。お話を聞いていると、「あいの実がつくる未来」に期待せずにはいられません。
久保さんはこうも仰っています。
久保さん:ほしいと言われたものを作っていくだけでなく、想像を超えるということもやっていきたいんです。作った時に、「なるほど、想像通り」よりも「え!こんなことが!」という反応をもらえるようなことを、福祉でもやっていきたいです。期待してもらえるということはとてもありがたいことなので、それを超えていきたいですね。
「利用者がほしいと思ったものを作っていく」「そして期待を超えていく」というマインドを持つあいの実があるなら、仙台で医療的ケア児を育てていくのもいいかも、と思わされた取材でした。
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