発達障害のある子どもとのコミュニケーションや関係構築に悩んでいるご家族は、少なくありません。そんななか近年注目されているのが、発達障害の方とともに過ごすご家族などの心身に不調が出る状態を指す「カサンドラ症候群」という概念です。
この記事では、この記事では、認定心理士の資格を持つ筆者がカサンドラ症候群について詳しく解説します。
発達障害のある子どもとの関係性を改善したい
そうお考えの方はぜひお読みください。
カサンドラ症候群とは
カサンドラ症候群は、発達障害のある方と親密な関係にある人が経験する心理的ストレス状態を指します。発達障害のある方との関わりのなかで、周囲に理解されない苦しみや孤立感を抱え、心身の不調を引き起こす状態です。
特に、家族としての生活で生じやすい症候群といえます
カサンドラ症候群の語源
カサンドラ症候群は、医学的根拠に基づいた正式な診断名ではありません。ギリシャ神話に登場するトロイ王女の名前にちなんだ名称です。
太陽神アポロンに愛されたカサンドラはアポロンから予知能力を授かりましたが、彼の愛を拒んだため、予言を誰にも信じてもらえないという呪いを受けました。この神話になぞらえ、家庭内の問題について周囲の理解が得られず孤立する心理状態を、カサンドラ症候群と呼んでいます。
カサンドラ症候群の症状
発達障害のある子どもとの意思疎通がうまくいかない
子どもではなく自分が変なのではないか?
こんな風に感じてしまうなんて親失格かもしれない
発達障害のある子どもの育児に奮闘するなかで上記のような心配が長期間続くと、ご家族はしだいに追い詰められてしまいます。その結果として身体面や精神面にみられる不調が、カサンドラ症候群です。
カサンドラ症候群でみられる不調には、主に次のようなものが挙げられます。
孤立感
ご家族自身が発達障害の子ども特有の行動や考え方に直面していても、周囲からは「育て方が悪い」「そんな子に見えない」「うちの子の方がずっと大変」など理解が得にくいとの声も少なくありません。そのため「なぜうちの子だけ」「誰にも分かってもらえない」という思いが強くなり、深い孤立感を感じて人との交流を避けるようになってしまうケースもあります。
疲労感
発達障害のある子どもは、さまざまな特性を持っています。常に子どもの行動に気を配って環境調整をする必要があるため「ずっと強い疲労感がある」とお話されるご家族も多いのが特徴です。
通常の育児以上に細やかな配慮が必要なうえ、休む時間も取れない場合が多く、心身ともに疲れ果ててしまいます。
自己否定
指示が通らなかったり意思疎通がうまくいかなかったりなど、子育ての困難さから「自分の育て方が悪いのでは」と自責の念に駆られやすくなります。周囲の何気ない言葉に傷つき、自己肯定感が低下していくケースも少なくありません。
長期的なストレス
発達障害の子どもとの生活のなかで積み重なるストレスは、不眠や食欲不振、頭痛などさまざまな症状として現れます。子どもの行動や反応の理解が難しく、周囲にも相談できないという状況が長期化すると、うつ状態に陥るリスクも否定できません。
発達障害児との暮らしがカサンドラ症候群に繋がる理由
発達障害のある子どもとの暮らしには以下のような困難が伴いやすいため、カサンドラ症候群に繋がる可能性が高いと考えられます。
言語理解が異なるため
発達障害のある子どもは、言葉の理解の仕方が異なるケースがあります。そのため、どうしてもコミュニケーションの行き違いが生じやすく、一緒にいる時間の長いご家族はストレスを抱えやすくなってしまいます。
非言語コミュニケーションが難しいため
言葉のやりとりだけではなく、表情やジェスチャーなどの非言語的な手がかりの理解が難しいのも、発達障害児の特徴の一つです。相手の気持ちの読み取りに苦労するため、感情の共有が困難になると癇癪などが発現しやすくなり、結果的にご家族が心労を感じやすくなります。
感覚過敏があるため
発達障害の特性の一つに、音や光、触覚などの刺激に敏感な「感覚過敏」があります。日常生活でのさまざまな刺激が大きなストレスとなると、環境調整の必要性が高まり、ご家族の負担も増加してしまいやすいのです。
興味の偏りがみられるため
特定の物事への強い興味やこだわりは、視点を変えると発達障害児の強みです。しかし、活動の選択肢が限られたり予定変更が困難になったりなど、その影響がご家族に及ぶ場合もあります。
もちろん、発達障害のある子どもと暮らす全員がカサンドラ症候群になるわけではありません。「自分には当てはまらない」と思う方でもカサンドラ症候群になるケースはありますし、一方で特徴が当てはまってもカサンドラ症候群にならない方もいらっしゃいます。
カサンドラ症候群になりやすい人の特徴
誰もがカサンドラ症候群になる可能性がありますが、特に以下のような特徴を持つ方は要注意です。当てはまる方は、早めの気づきと対策を心がけてみてください。
子育てへの理想が高い
子育てに対する理想が高く、現実とのギャップに苦しむ方は、よりストレスを感じやすい傾向があります。「周りの子どもと同じように我が子もできるはず」「普通はこうあるべき」という意思が強いほど思い通りにいかない場合に苦しみ、カサンドラ症候群になりやすいと考えられています。
周囲からの理解を得にくい環境にいる
発達障害への理解が乏しい環境では「しつけが足りない」「甘やかしている」など周囲からの無理解や偏見に直面しがちです。また、子どもの特性が外見からは分かりにくい場合、公共の場での周囲の視線に常にさらされ、買い物や外食などの日常的な活動でも大きなストレスを感じることになります。
その結果「自分の育て方が間違っているのではないか…」と思うようになり、カサンドラ症候群の症状を引き起こしやすいのです。
自己を犠牲にしやすい
自分の趣味や休息の時間の確保に罪悪感を覚え、心身の限界まで頑張り続けてしまう方も要注意です。「親なのだから子どものために尽くしたい」と強い使命感や責任感を持つのは、悪いことではありません。しかし、過度に自己犠牲的な姿勢は、長期的に心身へ不調をもたらす引き金になってしまいます。
将来への不安が強い
発達障害のある子どもの成長に寄り添うなかで「この先、子どもは社会で生きていけるのだろうか」「自分が年を取った後は誰が面倒を見てくれるのだろう」と、進学や就職、自立した生活など、将来に強い不安感じた経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。さらに、きょうだいへの影響や経済的な負担の増大などの心配も重なればより大きな精神的負担がかかり、カサンドラ症候群の症状が現れやすくなります。
カサンドラ症候群への対処法
つらいこの症状、カサンドラ症候群なのかもしれない
ここまでお読みになってそう感じた方も、焦る必要はありません。カサンドラ症候群は、子どもと正面から向き合っているがゆえに起こるものです。一人で抱え込まず、まずは以下のなかでできることから始めてみましょう。
まずは「誰も悪くない」という認識を持つ
大前提として、カサンドラ症候群が現れるのは、子どもが悪いのでも発症したご本人が悪いのでもありません。繰り返しになりますが、子どもと正面から向き合っているがゆえに起こるものです。まずは「毎日頑張ってる証拠だな」「自分自身からのSOSなんだ」と受け入れてみましょう。
子どもの長所に着目する
困難な面ばかりに目が向きがちですが、子どもの持つ長所や可能性を発見するのも大切です。子どもなりの世界を理解し、興味や関心事に寄り添いながらその価値観を一緒に楽しむ時間を作れば、お互いの理解が深まります。
周りからの評価や心ない声に振り回される必要はありません。「〇歳ならこのくらい成長しているべき」ではなく子どもなりのペースに寄り添うことができれば、ご家族にとってもストレスの軽減につながります
悩みを抱え込まずに支援を求める
つらい気持ちを一人で抱え込まず、同じような経験を持つ親の会や専門家への相談など、支援を積極的に活用しましょう。言語聴覚士や作業療法士、臨床心理士など専門家のアドバイスを受ければ、より効果的な関わり方を学べます。
自分の時間を大切にする
障がい児との暮らしは、日々のお世話だけではなく、療育や手続きなどの肉体的・精神的・経済的な負担が重なります。そのなかで「いっぱいいっぱいでつらい」と思うのは、ごく自然な気持ちです。
育児に専念するあまり、自分の時間を持てない方も多いのではないでしょうか。たとえ短くても、自分のための時間を確保するのが大切です。
▼「障がい児を育てるのがつらい…」と感じる際の負担軽減と脱出方法はこちらからご覧いただけます
コミュニケーション方法を工夫してみる
視覚的な手がかりを用いたり、具体的な表現を心がけたりするなど、子どもの特性に合わせたコミュニケーション方法を工夫しましょう。特に、発達障害のある子どもの多くは、予測可能な環境を好む傾向です。言葉だけでなく、例えば絵や写真、スケジュール表などの視覚的な手がかりを使うことで、理解をサポートしやすくなります。
「なるべく」「ちょっとだけ」「できる限り」など抽象的な表現や比喩では通じにくいため「〇時〇分になったら」「あと〇回」と明確に示すのもポイントです
カサンドラ症候群を「関係性構築」のきっかけに
カサンドラ症候群は、発達障害のある子どもの子育てに携わる多くの方が経験する可能性のある症状です。しかし「子どもとの関係性を構築するチャンス」ともいえます。
「自分が我慢すれば大丈夫」と抱え込まず、同じような悩みを持つ仲間や専門家のサポートを活用しましょう。何より、完璧を求めすぎないことが大切です。
子育ては、長い道のりといえます。焦らずゆっくりと、あなたらしい子育てを見つけていってください。
【参照】保育の場におけるカサンドラ症候群|日本教育心理学会
https://www.jstage.jst.go.jp/pub/pdfpreview/pamjaep/65/0_65_290.jpg
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