特別支援学校に通う児童生徒が自宅近くの小中学校にも籍を置き、地域の一員として学び合う制度があるのをご存知ですか?
呼称も制度の利用条件も実施自治体によってばらつきがありますが、制度を利用して居住地の学校に置ける学籍のことを総称して「副次的な学籍」と呼びます。この記事では、副次的な学籍について、利用条件や目的、実施状況まで掘り下げて解説していきます!
副次的な学籍(副学籍・副籍・支援籍・交流籍)とは?
副次的な学籍とは、主に特別支援学校に在籍する児童生徒が保護者からの申請により、居住地を通学区域とする小中学校に置くことができる学籍のことです。
地域の学校における「共に学び育つ機会」と特別支援学校における「専門的な教育を受ける機会」の両方を実現するための新たな仕組みとして各自治体が制度を導入しています。実施目的としては、居住地域とのつながりや共生社会の実現を掲げていることが多くなっています。
副次的な学籍の歴史
副次的な学籍は、平成17年に埼玉県が「支援籍」として導入し、同時期に長野県駒ヶ根市では「副学籍」として導入されました。平成19年から導入した東京都では「副籍」、静岡県や岐阜県、岡山県では「交流籍」と呼ばれています。
各自治体ごとに定めたものであるため名称が違って混乱することもあるかもしれませんが、いずれも副次的な学籍を指す言葉です。
▼副次的な学籍と制度の自治体別呼称一例
自治体名 | 学籍名 | 制度 |
東京都 | 副籍 | 副籍制度 |
神奈川県横浜市 | 副学籍 | |
長野県 | 副学籍 | |
埼玉県 | 支援籍 | 支援籍学習 |
岡山県 | 交流籍 |
この記事では、便宜的に筆者が住む長野県の名称である「副学籍」という言葉を使って解説していきたいと思います。
副学籍制度とは?
特別支援学校に在籍する児童生徒が、この副次的な学籍を使って自宅近くの居住地校にも籍をおき、共同学習や交流をはかる仕組みを副学籍制度と言います。
副学籍制度を使った交流では、実際に特別支援学校の児童生徒が地域の学校へ行って交流する「直接交流」と学校には直接行かないでやりとりをする「間接交流」があります。
直接交流では、行事への参加や一部の授業・給食など学校生活を共にします。一方で間接交流では、直接学校へ行かずとも、お手紙のやりとりをしたり、学級通信を配布してくれたりします。
具体的な方法や交流できる内容も自治体や学校によるので、利用するときは学校に希望を伝えつつ相談しましょう。
副学籍制度と居住地校交流の違い
副学籍制度と類似した取り組みとして「居住地校交流」(地域によっては居住地交流または居住地校学習)があります。この居住地校交流と副学籍制度、実は違いがあいまいです。
長野県の場合は、「副学籍制度」は居住地校(市町村教育委員会)が主導の制度で、「居住地校交流」は、特別支援学校(県教育委員会)が主導の制度であるという違いがあり、その内容はほぼ同じものです。
あえて「副学籍制度」を利用しなくても特別支援学校に籍があれば「居住地校交流」として地域の学校での交流を実施することができます。
強いて言えば、副学籍制度を使うことで、下駄箱を準備してもらうことができたり、通学頻度を増やすことができたりすることで、より同じ学校の仲間である意識が高まるように感じますが、実態としては、明確な違いはありません。
一方、兵庫県や岐阜県、岡山県の定義では、副次的な学籍を置いた学校との交流や共同学習のことを「居住地校交流」と呼んでいるようです。
副次的な学籍対象となる児童生徒は?
副次的な学籍の対象者は多くの場合「主に特別支援学校に籍を置いている児童生徒のうち、保護者が希望した者」となっています。
ただし、副次的な学籍は各自治体管轄で定義やルールを決めて運用されているため、条件が異なる可能性もあります。副次的な学籍を持ちたい場合は、自治体の教育委員会へ一度問い合わせをしましょう。
埼玉県では「特別支援学校に限らず、小中学校在籍者で障害により特別な支援を要する者」と条件がややゆるやかになっているものの、「保護者の希望により」という部分は調べた限りすべての自治体で必要な条件でした。
ちなみに長野県では、全77の市町村のうち74の自治体で副学籍が導入されており、副学籍制度を利用する児童生徒数は平成30年の240名から令和4年の602名へと実に約2.5倍となっています。(2023年6月時点:信濃毎日新聞)
特に伊那養護学校圏域では、ほぼ100%の在籍児童生徒が副学籍を持っているという報告もあります。
副次的な学籍を導入している自治体一覧
2024年1月現在、オンラインで調べられる限りは、以下の自治体で副学籍制度を実施しているとされています。あくまでもオンラインで情報が得られた場所のみの掲載ですので、お住まいの地域が以下のリストにない場合は、ぜひ教育委員会に問い合わせてみてください。
名称 | 開始年度 | 資料・情報ページ | 特筆ポイント | |
岩手県 | 交流籍 | 2010年 | 交流及び共同学習ガイドブック | |
埼玉県 | 支援籍 | 2004年 | 支援籍学習について 一人一人が輝く支援籍学習 | 特別支援学校在籍者に限らず、障害により特別な支援が必要な小中学校在籍者も対象となる。支援籍校への通学においても在籍校の学校管理下として扱う。付き添いに福祉制度やボランティアの活用を支援し、保護者負担の軽減に配慮。 |
東京都 | 副籍 | 2007年 | 副籍制度 副籍ガイドブック | 保護者の付き添いが原則。 |
長野県※ | 副学籍 | 2005年 | 副次的な学籍の状況 合理的配慮実践事例集 | 県教育委員会の取り組みではなく、各市町村独自で導入しており、県としては副学籍コーディネーターを配置。小諸養護学校では、教員による付き添いは2回までで、登下校は保護者の責任。伊那養護学校圏域では特に盛ん。 |
岐阜県 | 交流籍 | 2013年 | 居住地校交流でつながる輪 | |
静岡県 | 交流籍 | 2010年 | 心のバリアフリー推進事業成果報告 | |
滋賀県 | 交流籍 | 2022年 | 副籍に関する情報 副籍ガイドブック | |
兵庫県 | 交流籍 | 2022年 | 副籍ガイド | |
岡山県 | 交流籍 | 2022年 | 交流籍を活用した居住地校交流実施ガイド | |
高知県 | 副籍 | 2023年 | 高知県特別支援教育課 | |
長崎県 | 支援籍 | 2016年 | インクルーシブ教育システム構築モデル事業成果報告 | |
横浜市 | 副学籍 | 2005年 | 副学籍による交流教育実施の手引 | 登下校は保護者の責任。副学籍校内における指導は在籍校教員が原則実施、在籍校教員ができない場合には保護者が付き沿う。ただし、両校および保護者の了解のもと付き添いを実施しないことも認められる。 |
浜松市 | 交流籍 | 2011年 | 第3次浜松市障がい者計画 | 資料p.53に一文記載があるものの、自治体としての案内などはなし |
福岡市 | ふくせき制度 | 2011年 | ふくせき制度にもとづく交流および共同学習 | |
大阪市 | 副学籍 | 大阪市の特別支援教育概要 |
長野県に住む筆者の娘の場合は、副学籍校に通う際は原則保護者の送迎と付き添いが必須で、在籍する特別支援学校の教員が付き添い可能なのは年2回までと言われました。また、長野県の場合はですが、副学籍校に通った日は放課後等デイサービスの利用対象外になってしまうため、かなり保護者に負担がかかります。
先進的に実施している埼玉県では、以下のような条件となってます。
「支援籍校への通学においても在籍校の学校管理下として扱う。付き添いに福祉制度やボランティアの活用を支援し、保護者負担の軽減に配慮。」
参照:支援籍学習実施要項|埼玉県教育委員会
URL:https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/24664/041115shien.pdf
また横浜市でも、付き添いをしないで制度を利用することができるとされています。
「副学籍校内における指導は在籍校教員が原則実施、在籍校教員ができない場合には保護者が付き添う。ただし、両校および保護者の了解のもと付き添いを実施しないことも認められる。」
参照:副学籍による交流教育実施の手引き|横浜市教育委員会
URL:https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/kosodate-kyoiku/kyoiku/sesaku/tokubetusien/yokohamatokubetusien/fukugakuseki.files/0008_20180817.pdf
埼玉県や横浜市の姿勢は、全国の副学籍実施自治体のモデルケースとなりうるのかもしれませんね。
副学籍制度はどの程度利用されている?
副学籍制度は、誰もが心地よく地域と繋がって生きられる社会に向けて可能性のある制度ですが、実際に児童生徒には活用されているか、というとまだまだ多くの地域で使いやすもの、というところまでは至っていません。
正確には、副学籍制度と居住地校交流の違いがあいまいだったり、どの制度を副次的な学籍として捉えるかによってかわってくることもあり、正確な利用実態の把握も難しい実情もあります。
少し古いデータですが、文科省が実施した平成29年の実態調査によると、居住地校交流を実施した学校は小学校で37%、中学校で23%、高校で4%と年次が上がるに従って実施率が下がっています。交流をする生徒の障がい特性にもよりますが、年次が進むにつれて教科学習の時間確保が重要となり共に学習する時間を作ることが難しくなっているようです。
また、実施回数は年に2〜3回が最も多く、年に7回以上実施している割合は小中学校でいずれも2%です。
副次的にではあるものの、籍を置いているのだから、利用頻度は月に1−2回かな、それとも週1回くらいかな、とか思うではないですか。(私は思いました。)ところがどっこい。実態は、月に1回も利用していないケースがほとんどです。
副学籍制度が広がっていかない理由の1つには、副学籍校への通学に保護者の付き添いが原則必須である場合が多いことが考えられます。送迎や形態食の昼食準備、放課後の対応なども考えると利用には保護者の負担がかかってしまうのが現状です。
出典:障害のある児童生徒との 交流及び共同学習等 実施状況調査結果 平成29年9月28日 |文部科学省初等中等教育局特別支援教育課
URL:https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/10/30/1397010-3.pdf
地域の学校と専門教育をどちらも諦めない「副学籍制度」という選択
障がいや病気、医療的ケアがある子どもたちにとって、社会の一員として当たり前に生活していくために地域とのつながりはとても大切です。障がいや疾患、医療的ケアなどがあっても「きょうだいと同じ学校に通わせたい」「地域とのつながりを持ちたい」思いを持つ保護者の方も多いのではないでしょうか。
この「副次的な学籍」は、地域の学校との関わりを希望しつつも、特別支援学校の専門的な教育も受けたいと悩める保護者の皆さんにとって素晴らしい制度です。
しかし、利用できる自治体はまだまだ限られているのが実情で、課題点もあります。より具体的な実態を調べるべく、実施自治体への詳細の取材や、実践レポートも記事にしていきたいと思います。
▼副次的な学籍を利用する場合の手順についてはこちらの記事をご覧ください
▼この記事は以下の資料を参照して作成しました
- 特別支援教育のあり方に関する検討委員会(第4回)議事録|文部科学省
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/siryo/1298919.htm
- 特別支援教育のあり方に関する検討委員会(第4回)議事録>資料6|文部科学省
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1298212.htm
- 副次的な学籍についての文献研究 教育実践学研究 25,2020 265
https://yamanashi.repo.nii.ac.jp/record/4727/files/j25_265-283.pdf
- 障害のある児童生徒との交流及び共同学習等実施状況調査結果|文部科学省
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