5月11日は母の日でしたね。
毎年この時期になると、お店やネット上で、さまざまなプレゼントが並べられたり、特集コーナーやページが設けられたりします。幼稚園や保育園、学校などでは、母の日のプレゼント製作、という時間が設けられたりもするし、SNSでも、こどもがこんなことしてくれた、こんなプレゼントをくれた、という感動のエピソードが投稿されています。
私も幼い頃は、何度か母にサプライズでお花や手紙を渡したりして、母がとても喜んでくれたことを覚えています。いつか自分が母になったら、してもらう側になり、感動したりするのだろうか、と考えたこともありました。
しかし、私の娘は重心児のため、「母の日」について理解できていないし、言葉も話せないので、私のことをどれだけ母として認識しているのかもわからないのが事実です。
これまで通った保育園や児童発達支援事業所で、母の日に「おかあさんありがとう」などと書かれたメッセージカードや工作などを渡されたことがありました。もちろん、うれしいのですが、その半面、娘が母の日や私を思い浮かべ、かつ、主体的に作ったものではない、ということがわかってしまうので、ちょっとだけ複雑な気持ちにもなっていました。
そんな母の日のプレゼントですが、今回は感じ方が違いました。4月に特別支援学校に入学した娘が学校から初めて持ち帰った製作です。就学して、新しい環境のもとで慣れてくれるだろうか、楽しく過ごせるだろうか、と不安でしたが、毎日、学校に着いたらニコニコ笑顔を見せてくれ、先生に見せてもらう学校での様子動画でものびのびと楽しそうに過ごしていることがよくわかります。その日常から生み出された成果としての製作、いつもより嬉しくて誇らしく特別なものに思えました。

これからいろんなことに挑戦して自分でできることが増えていけば、何かを作り上げることへの娘の関与も増えてはいくだろうし、母の日に限らずさまざまな季節のイベントを繰り返していくことは、娘にとっても意味のあることだと思っています。その時々を楽しむと同時に少しずつ理解が進んで、徐々に娘の気持ちもわかる(感じ取れる)日が来るといいなと思っています。
娘よ、もう充分いろんなものをもらっているから、これから先も母の日は何もくれなくても大丈夫だよ。
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