医療的ケア児を育てている家庭の心配事として大きなものの一つが災害への備えではないでしょうか。普段から備えしていたとしても、いざその時のことを考えると不安が尽きないという方もいるかもしれません。
そこで今回、医療的ケア児を育てるご家庭で被災した経験のあるママに当時のことをお聞きしました。インタビューしたのは、2011年の東日本大震災の時に宮城県仙台市に住んでいた田中さん(仮名)。当時どんなことが大変だったのか、どんな備えが役に立ったのか、また被災した経験を活かして今はどんな災害への備えを用意しているのかなどを聞きました。
田中さんのお子さん(医療的ケア児)の情報
年齢:被災当時5年生(10歳)
性別:男の子
障がいの程度:身体障害者手帳1級、普段は寝たきりの生活
必要な医療的ケア:気管切開、吸引、吸入、経管栄養(胃ろう)
家族構成:父母、兄(当時高校1年生)、姉(当時中学2年生)
災害に備え準備していたもの
ーー震災の時の話を聞く前に、まずは震災が起きる前に備えとして準備していたものを教えていただけますか。
はい。もともと宮城県沖地震が起きる可能性があるとは言われていたので、食料やモノの備蓄は意識していました。
一番は水分です。普段から使うペットボトルの水や炭酸水、お茶、野菜ジュースなどは基本的には箱で買うようにして、減ってきたらまた箱で買って補充、という生活をしていました。水は3-4箱はあったと思います。日常的に外出時はゼリー飲料を注入していたので、それも箱で置いてありました。
災害時の備蓄、と考えていたことももちろんですが、うちの子は当時は医療的ケアや体の状態を理由に学校も訪問籍(※自宅に先生が訪問し授業を受けるスタイル)で、ずっと家で一緒にいる生活だったので、なかなか買い物に行けないためにまとめ買いをしていたということもありました。
それから、生活用品も多めに用意していました。例えば、ペットシーツや体ふき用の大判のウェットシート。これも普段から使っていたものです。
当時はもう次男が小学校5年生で体も大きかったので、毎日お風呂に入れてあげられないこともありました。その時は体拭きをしたり、ペットシーツでベッドを保護してその上で洗髪をしたりしていたんです。そこで使っていた物品を多めに持っていたことが震災の時には役立ちました。おむつも、大きめサイズはドラッグストアですぐ手に入らないこともあるので多めにストックしていましたね。
それから次男の薬も。処方してもらう度に2-3日分多くもらうようにして、病院に行けない日があっても数週間は持ち堪えられるようストックしていました。災害時でなくても、通院予定日に体調不良などで行けない日もあるので、そういう意味でも常に薬の予備があるのは安心感があります。
あとあってよかったものは、電気がなくても使える石油ストーブと吸引器の予備バッテリーですね。予備バッテリーはいくつか持っていました。
震災発生時は自宅で被災、停電と断水が続く生活に
ーー物品や水・食料・薬などはしっかり用意されていたんですね。そんな中で被災した時は、まずどうされましたか?
震災が起きた日は、次男の学校の卒業式でした。式に一緒に出席し、帰宅してくつろいでいたその時、突然大きく家が揺れ始めました。あまりに大きな揺れに身動きも取れず、ただただ次男に覆いかぶさって守ることしかできませんでした。
私たちが住んでいるエリアは震度6弱の揺れを観測したそうです。「もう家がつぶれてしまう」そんな最悪の事態も頭によぎる中、次男はなぜかキャッキャと笑い、楽しそうにはしゃいでいたことをよく覚えています。普段とは違う状況が楽しかったのかもしれないですね。
ものが落ちたり家具が倒れたりということはありましたが、幸い自宅は無事でした。そこからはとにかく次男のことで頭がいっぱいに。とにかくこの子の命を守らなくては、とその瞬間から頭を働かせました。
一番困ったのは吸引です。うちの子は気管切開をしていて、たんの吸引が欠かせませんでした。停電して、吸引器が使えない。水も止まってしまったので、消毒もできない。どうしよう、ととにかくそのことばかり考えていました。
ーーご自宅が無事で何よりでしたね…吸引はどうしていたんですか?
手動の吸引器と、予備バッテリーをつないだ吸引器でなんとか乗り切りました。比較的軽いたんは手動で吸引し、手動ではとりきれないものは電動の吸引器を最低限の時間で動かすように意識して吸引しました。
普段、吸引用のカテーテルは使用の都度洗って消毒していましたが、水が止まっていたので洗うことが難しくなり、消毒せずに使いまわすべきか悩みました。でも、消毒せずに使って万が一肺炎にでもなったりしたら、その方が絶対大変になる、と思い、気管カニューレから吸引する時には思い切ってカテーテルを使い捨てにしました。
カテーテルは病院から支給される数が限られているので、自宅にもそこまでストックが多くはありません。いつまで断水が続くかわからない中、使い捨てにするのはとても勇気がいりましたが、背に腹は変えられないと思い、なんとか持ってくれ、という思いで吸引していました。
ーーどれくらいの間その状況が続いたんですか?
停電は4日間、断水は11日間でした。市内でも電気の復旧には差があり、こちらで停電が続いてる中20キロほど離れた実家のほうでは電気が復旧したと聞き、一度車で帰ってバッテリーを充電させてもらいました。
でも当時はガソリンもなかなか手に入らない状況で、頻繁に行くことはできません。早く電気が復旧してくれないかと祈るばかりでした。
ーーそのまま実家に避難することや避難所への避難は考えられましたか?
次男を連れて移動するのも大変な状況で、自宅から出ることはちょっと考えられませんでした。電気がきているとはいえ、普段生活していない実家で次男やきょうだいと過ごすというのは難しいかな、と。まして避難所は無理だろうと思いました。もともと建物に被害がなければ自宅で過ごすと決めていたので、自宅から動く選択肢はなかったです。
ーーそうだったんですね。ご自宅ではどんな生活を送っていたんですか?
電気とガソリンには困りましたが、それ以外は何とかやりくりできていました。
あの日はすごく寒かったのですが、石油ストーブがあったので暖をとることはできました。昔ながらのストーブ、というと伝わるでしょうか。やかんや鍋を上に置けるものです。夜は冷蔵庫にある食材を使って、石油ストーブの火で鍋を作りました。
食事については、きょうだいたちがすごく頑張ってくれましたね。友達伝いに開いているスーパーの情報を聞いて、並んで食材を買ってきてくれたり、近くのコンビニに様子を見に行ってくれたり。私は次男につきっきりで動けないので、動いてくれる人がいるのは本当に助かりました。
食料の備蓄が多かったのも幸いしました。医療的ケア児の子どもがいたからこそしっかり備蓄できていたので、そこは次男のおかげだなと思います。
他にも、子どものおかげだなと思ったことがあります。次男の生活用品として用意していたものが、被災したときに大人の生活に役に立ったんです。
たとえばペットシーツやおむつです。トイレにペットシーツを敷き、中におむつを入れれば簡易トイレができます。用を足したらくるっとまとめてビニール袋に入れるだけで片付けられるので、断水のときはかなり重宝しました。ペットシーツやおむつ、ビニール袋は普段から次男のお世話で使っているものばかりなので、自宅にたくさんあったのが幸運でした。
入浴できないときに体拭きに使っていた大判のウェットシートやお湯を入れるボトルも、断水時に大人のお風呂代わりとして大活躍でした。
ぜんぶ次男のお世話をしていたおかげで家にあったものなので、子どもに助けられたと思っています。
東日本大震災の経験を活かした災害準備
ーー震災のときはお子さんの介護用品が家族の生活にも役に立ったんですね。当時の経験を受けて、その後追加で準備したものや見直した備蓄はありますか?
新たに用意したのはポータブル電源です。震災の直後は今のようにポータブル電源の種類は多くなく、あるのはガソリンを入れて使う発電機だけでした。ガソリンを使用する発電機は、ちゃんとメンテナンスする自信も使いこなせる自信もなかったので購入しなかったのですが、今はさまざまなポータブル電源があるので複数用意しています。
夫がキャンプをよくするので、その延長で用意したというところもあります。キャンプ用品は災害時に役に立つことが多いので、そのへんは夫に任せていますね。
あとは備蓄を多めに用意しておくことくらいでしょうか。
水やお茶などの水分、食料はもちろん、次男のものとしては大きめサイズのおむつや医療的ケアに必要な物品、薬など、すぐ手に入らないようなものはできるだけ蓄えを多くしておくようにしています。ものによりますが、可能な限り、1ヶ月〜3ヶ月分くらいは多めに持っているものが多いです。
次男の状況的に、災害時にどこかに避難することは難しいと思うので、なるべく自宅で過ごせるように備蓄を準備しています。
ーー最後に医療的ケア児の災害準備について経験者から読者に伝えたいことがあればお願いします
モノはありすぎるくらい備蓄しておけるといざという時に安心感につながります。今もうちには多くの備蓄があり、一部屋はお見せできないくらいモノが多いのですが、笑「買いに行かなくてもモノがある」というのは震災の時すごく安心でした。
あとは、今のうちに介護用品など試せるものを試しておけると安心です。たとえば、我が家では災害のあと、足踏み式の吸引器や水のいらないシャンプーなどを試しました。吸引器は使うのにとてもコツがいりましたし、シャンプーは私が試したものは肌に合わない感じがあり、逆に洗い流したくなったものもあります。やってみて初めてわかることって多いなと思います。
今だったら余裕があるので、やってみた後の結果を受けてどうしよう、と考えることができますが、災害時は次の手立てがないことも多いです。普段の生活の中で試してみる、ということが大事だなと思います。とはいえ、わかっていてもできないな、と思うことが私もあるので、気を引き締めないといけないですね。
医療的ケア児の災害対策、今のうちから準備を
普段から食料や物品の備蓄を多めにすることやキャンプ用品・介護用品を利用することで災害対策ができたという田中さん。筆者も医療的ケア児を育てる親として、今回のお話はとても勉強になりました。
2024年元日に起きた能登地方の地震から1年が経ちました。地震はいつ起きるかわからないと痛感した日でしたが、日常生活を送るのにも精一杯な中、どこかで「明日でいいや」と災害準備を先延ばしにしていたような気がします。これをきっかけに「今のうちからできること」をしっかりやろうと気の引き締まるインタビューでした。
これを読んでくれたあなたにとっても、災害時の備蓄や電源が足りているかと考えるきっかけになれば嬉しいです。
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