呼吸を補助するための処置である気管切開。日本では新生児医療・小児医療の発展に伴い気管切開をしている子どもが増えており、疾患児を育てる家族にとって気管切開術は決して珍しい手術ではなくなってきました。
気管切開はメリットが多い手術ではありますが、身体に穴をあけることへの抵抗感やケアへの不安など、ネガティブな印象をもっているパパやママもいるのではないでしょうか。
そこでこの記事では、現役看護師のママが気管切開の目的や適応について詳しく解説していきます。気管切開後の生活についても紹介していきますので、手術を控えている方はぜひ参考にしてください。
医師 おkら先生
呼吸器専門医、がん薬物療法専門医、総合内科専門医。嚥下機能評価研修会修了、医療型児童発達支援/放課後等デイサービスの嘱託医。仕事大好き、2児の母。長男がダウン症、気管切開をしている医療的ケア児。障害児を育てる環境が優しくなって欲しい。その為に自分に何か出来る事はないかと日々考えています。
X:@oke_et_al,ブログ:じょいく児。
気管切開(気切)とは
気管切開とは、気管に穴を開けて口鼻を通らない空気の通り道を作る手術です。気管切開は通称「気切(キセツ)」という略称でも呼ばれ、手術でできた穴を気切孔と呼びます。気切孔はそのままでは閉じてしまう危険性があるので、空気の通り道を確保するためにカニューレと呼ばれる管を挿入します。
気管切開の目的
気管切開の目的は呼吸を補助したり、痰を出しやすくすることです。
通常の呼吸では、鼻から吸った空気(吸気)が喉を通って気管に入り、肺がふくらみます。肺の血管からは酸素が取り込まれ、代わりに二酸化炭素を含んだ空気(呼気)を吐き出します。
一方、気管切開をしている方の呼吸は、喉にある気切孔からも空気を吸ったり吐いたりします。
では、どのような場合に気管切開が必要となるのでしょうか。
気管切開が必要となるのはどんな時?
気管切開が必要となるのは、何らかの原因によって通常の呼吸では十分に酸素を取り込めない時です。具体的には、主に以下の3つがあげられます。
上気道の閉塞がある場合
何らかの原因によって鼻から気管にかけて空気の通り道が狭くなっていると、しっかりと空気の出し入れができません。気管切開をすることで空気の通り道ができ、空気の出し入れを楽にすることができます。
痰が多い、自力で痰を出すことができない場合
自分で咳をして痰を出すことが難しかったり、痰が多い子どもの場合ではしっかりと痰を出してあげないと、気道が塞がって呼吸ができなくなる恐れがあります。気管にたまっている痰は一般的な鼻からの吸引で取り除くのは難しく、苦痛も強いです。気管切開をすれば吸引カニューレで気管内の痰を取り除くことができ、呼吸を楽にすることができます。
長期間の人工呼吸器管理が必要な場合
肺の疾患や、筋肉の疾患、呼吸を調節する中枢神経(脳)の疾患などによって上手く呼吸ができない場合に、呼吸を助ける医療機器として人工呼吸器を使用することがあります。
人工呼吸器の使用が一時的な場合は、口から気管に管を挿入する「経口気管内挿管」の方法がとられます。経口気管内挿管をしている間は話すことや食べることはできず、常に口から管が入っている状態は意識のある方にとっては苦痛が強いため、薬を使用して鎮静されることがほとんどです。また、経口気管内挿管が長期化すると合併症のリスクもあり、一般的に2週間程度が限度と言われています。
気管切開をすれば、口や鼻から気管に入っていた管を抜くことができて苦痛が緩和されます。鎮静薬を使う必要がないため、しっかりと目覚めた状態で日常の生活に戻ることが可能です。
子どもが上記に該当し気管切開の検討が必要な場合でも、必ず手術が選択されるわけではありません。近年では、高流量の酸素を供給できるネーザルハイフロー、気管内挿管の必要がない人工呼吸療法であるNPPV(非侵襲的陽圧換気)の普及が進んでいます。これらを使用することによって気管切開を回避できるケースもあります。子どもの状態によって適切な手段は変わるため、納得できるまで医師と相談して決めましょう。
▼人工呼吸器についてはこちらの記事で解説しています
単純気管切開と喉頭気管分離術の違い
気管切開には、単純気管切開と喉頭気管分離があります。
単純気管切開とは前述したように、のどに穴をあけて空気の通り道を作る手術です。喉頭気管分離術は気管切開にプラスして行われる手術で、気管を遮断して気切孔を作り、気管と口の中を完全に分けてしまう方法です。
喉頭気管分離術を行う大きなメリットは、誤嚥が防止できることです。喉頭気管分離をすると、口と気管が物理的に分けられているため、唾液の垂れ込みや食事の誤嚥が起こらなくなります。
特に障がいのある子どもでは、唾液や食事の誤嚥による肺炎を繰り返すことが問題となる場合も多くあります。そのようなケースでは、喉頭気管分離は誤嚥性肺炎を回避するために効果的な処置といえます。
デメリットは声が出なくなることです。気管と口とが完全に離れてしまうために空気が声帯を通ることがなく、声を出すことはできません。
気管切開を受けた後の生活
食事の仕方
気管切開をした後も、今までと同じように食事を食べることができます。
しかし中には、喉にチューブが入っている違和感から、飲み込みづらくなったと感じる子どももいます。最初は違和感が大きくても徐々に慣れていったり、嚥下訓練を受けることによって改善してきたりすることもあるので、医師や言語聴覚士に相談すると良いでしょう。
気管切開後は話せるの?
子どもの状態によっては、気管切開をした後も話すことは可能です。
まず、声を出すのに欠かせない器官は声帯です。肺から送られる空気が、声帯を振動させることで声がでます。つまり、空気が声帯を通過しなければ声は出ません。
そのため、喉頭気管分離術を受けた子どもは声を出すことが難しいです。
単純気管切開で呼吸器の使用がない子どもであれば、スピーチバルブやスピーチカニューレと呼ばれる専用の器具を使用することで話すことも可能です。しかし、声を出すには口から息を吐くことが必要で、気切孔から呼吸をするよりも負荷がかかりやすく、状態によっては使用が難しいこともあります。
常に人工呼吸器の使用をしている子どもも基本的には声を出すのが難しいのですが、カフなしカニューレを使用していれば会話が可能な場合もあります。気管切開を受けた後に話せるかどうかは子どもの呼吸の状態によって異なりますので医師に相談しましょう。
必要なケア
気管切開後に必要なケアは、カニューレの管理と吸引です。
カニューレの管理
カニューレは定期的に新しいものに交換する必要があります。交換頻度はカニューレの種類にもよりますが、およそ2週間から4週間に1回の交換です。気管カニューレは基本的には医師が交換しますが、指導を受けて主治医の許可があれば家族が交換することも可能です。
カフ付きカニューレという、先端に風船がついたカニューレを使用する場合は、その風船の膨らみ具合(カフ圧)によっては気管とカニューレの隙間が空きすぎたり圧がかかりすぎたりと不具合が生じるため、カフ圧の確認も必要です。
また、カニューレが抜けることのないようにカニューレバンドと呼ばれる紐で固定を行う必要があります。気切孔はYガーゼで保護し、入浴時や汚染時は交換して清潔を保ちます。
もしもカニューレが誤って抜けてしまった場合には、速やかに再挿入が必要です。
▼気管カニューレについてはこちらの記事で解説しています
カニューレの閉塞予防
痰がたまることでカニューレが詰まったり、内径が狭くなったりすることがあります。そこで、定期的な吸入や吸引を行い、痰での閉塞を予防します。
気管の中は無菌状態ですので、鼻や口の吸引に使ったカテーテルは、気管の吸引には使えません。鼻・口用と気管用とで、カテーテルを分けて使用する必要があります。
▼吸引の方法についてはこちらの記事で詳しく解説しています
気管切開について知ろう!
気管切開は呼吸を補助するため、命を守るために行われる大切な医療行為です。しかし、必要だとわかっていても、新しいケアが増えることや外見上の変化、何より手術を受けることを不安に感じるママやパパもいるかもしれません。
でも、無意識に呼吸できる私たちが想像する以上に、疾患児は状態によっては呼吸自体が負担になっていることもあるのです。
気管切開をしたことで呼吸に使っていたエネルギーの消耗がなくなり、笑顔が増えた、筋緊張が緩和された、体重が増えた…などの嬉しい変化がみられるケースもあります。
気管切開は、より健やかに成長していくための手助けをしてくれるものです。この記事で気管切開について知ってもらい、ポジティブな思いを持ってもらえたら嬉しいです。
【参考】
子どもの気管切開なび|運営団体 国立成育医療研究センター
https://www.ncchd.go.jp/hospital/about/section/geka/navi
気管切開とは、喉頭気管分離術とは|日本赤十字社 姫路赤十字病院
https://himeji.jrc.or.jp/category/diagnosis/syounigeka/kikansekkai.html
気管切開とは_ 気管切開の看護 _ ナース専科
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